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NO. 1
DATE 2003年6月2日(月)
予定日1週間経過〜最後の妊婦検診〜

妊娠41週目。予定日を1週間過ぎても生まれてくる気配なし。
ここイギリスでは内診は 余程の事がない限りは出産当日までやらな
い。私の場合は もう1週間経過している事もあり、今日の検診は助産婦
ではなく 医師が直々にやってくれた。
お腹の中のまーちゃんの心音etc.は全て異常なし。
「待てるのも来週が限度」という事で、今日は産道(子宮口)の開き具合
を確認する意味で内診をした。産道は まだ指1本分しか開いていなく、
陣痛を促進するための処置(子宮口を刺激し、羊膜を少し剥がした
らしい)が施された。そして、「これで今週中に生まれなかったら、
来週の月曜(10日)に入院して 誘発剤を使って分娩しましょう。」
という事に。帰宅して、その晩に出血あり。
が、これは 「出産が近い」という合図(おしるし)ではなく、内診の影響に
よる出血だった。結局、今週は生まれる気配がみられず、
来週いよいよ誘発分娩のために入院となるのでした。

NO. 2-1
DATE 2003年6月9日(月)
入院〜誘発分娩〜

午後3時より入院という事になっていたので、それに間に合うように
シャワーを浴び、身支度を整えて旦那が仕事より帰宅するのを待った。
(彼は10日から2週間の育児休暇を取ってくれていました。)
旦那の準備も整い、車に入院セットを詰め込んだスーツケースを積んで
病院へ。。病院へ着くまでの車中にて私は
「陣痛ってどのくらい痛いんだろう。。でも、どんなに痛くったって耐えて
みせる。たった数時間の痛みじゃないか。。あともう少しでまーちゃんに
会えるんだもの。」etc.様々な事を考えていました。
15分程で病院に到着。受付にて手続きを済ませ。。最初に通されたの
が、陣痛待ちのための部屋。そこは4人部屋で、既に2人の妊婦さんが
いました。私の尿&血圧検査の後に、胎児の心拍などを測るためにお腹
に2本のベルトのような物を巻かれ、そのままベットに横になる事1時間
少々。その後、ベルトが外され。。5時頃に夕食が運ばれて来たので、
それを食べた後に またベルトが巻かれました。

NO. 2-2
DATE 6月9日(月)
午後6時、ベルトはついたままで促進剤の投与を開始。この時に使用
された促進剤は点滴を使用した物でなく、タブレット(錠剤)タイプで
それを直接、胎児の頭の後ろの部分に入れたようです。
30分経過した6時半、面会時間終了のため 旦那は一旦帰宅させら
れ、本格的な陣痛が始まって生まれそうになったら
医師または助産婦のどちらかが連絡を入れて、再度病院へ戻るという事
になりました。
それから時が経つ事1時間少々。。その間、医師&助産婦が交互に私
と胎児の様子をチェックしに来ました。
8時頃、促進剤が効き始めたようで 陣痛が始まったんですが、
それはまだ本格的なものではなく、「微弱陣痛」と呼ばれるものでした。
微弱とは言えど、やはり痛いものは痛い。。「どんな感じの痛み?」と聞
かれたら、ちょっと説明に困ってしまうかも。
敢えてそれを表現するとしたら。。上手く言えないけど
「ジンジンと痺れた感覚の時にお腹を上下&左右からジワジワと

NO. 2-3
DATE 6月9日(月)
押され。。同時に、雑巾のようにギュッと絞られたような感じ。」
とでも言いましょうか。。。そんな痛みが不定期に襲ってきました。
それから数時間、同じような状態が続き。。日付が変わるか変わらない
か。。という頃に、助産婦が胎児の心拍モニターをチェックしに来たんで
すが。。「ん〜」という考え込むような唸り声をあげた後に
「ちょっと待っててね。今からドクター呼んで来るから。。」と言って、部屋
を出て行ってしまいました。









NO. 3-1
DATE 2003年6月10日(火)
まーちゃん誕生

それから20分くらいが経過し、助産婦が医師と一緒に部屋に戻って
来て。。今度は医師が子宮口の開き具合を確認し、胎児の心拍モニター
をジッと見詰めながら、暫く何かを考えている様子でした。
午前12時半。医師から「胎児にストレスが出てる。。このまま待っ
てると、母子共に危険だから 切りましょう。」と、帝王切開決定の宣告を
受けました。この時の私の心境。。というか、精神状態は動揺は大して
なく、意外にも落ち着いていました。何故なら、10ヶ月に入ってすぐの
助産婦との検診(触診)の際に
「貴女の体格と胎児の大きさを考えたら、ひょっとしたら帝王切開
になるかも知れない。ギリギリ自然分娩も可能かも知れないけど、
こればかりは、その場になってみないと。。」と、予め言われていたから
です。私自身も、その時から「出来れば自然分娩でいきたいけど、
無事&元気に生まれてくれたら、それでいい。」と、ずっと思っていたの
です。

NO. 3-2
DATE 6月10日(火)
とは言うものの。。やはり、実際に帝王切開が決定してしまうと
「えっ?!」と、ちょっとショックだった。。というのが、正直なところかも。。
それから15分程して、麻酔科医がやって来て他の妊婦さん達には
様子が見えないように、ベットの周りをカーテンで覆われ。。手術に関し
て一通りの説明を受け 同意書にサインした後に尿道管の挿入。。 
そして、手術着に着替えて 手首に点滴(骨の出っ張った部分の近くの
血管に針を刺しました。ちょっとでも動かすと、針が骨に当たって痛かっ
たのなんの。泣)etc.あれよあれよという間に手術の準備が進んでいきま
した。そして、私はストレッチャーに乗せられ、部屋の出口の所で
助産婦から小さなカップに入った液状の薬を渡されて、それを一気に飲
み干しました。そして、手術室に到着。。
少なくとも7〜8人のスタッフが 其処にはいました。
手術室に入って直ぐ、何気に左側に視線をやると 車の付いた台の上に
メスやドレーンetc.の様々な手術道具がズラリと並んでいました。
部屋の真ん中には狭い手術台。。そして、その周囲には様々な

NO. 3-3
DATE 6月10日(火)
医療機器があって、物々しい感じでした。
ところが。。これらの様子を見て、初めて私の心の中に「恐怖感」が沸い
たんです。と、同時に「ここまで来たら、もうどうにもならない。」と、腹を
くくりました。その時に心の中で考えていた事。。
「何を大袈裟な。。」と、言われそうですが
「開腹手術と同じ事。。ひょっとしたら最悪、私に万が一の事が起こる
かも知れない。そしたら待ちに待った子供はこの腕に抱けない。それは
それで悲しいけど。。でも、子供の面倒は旦那&義母が見てくれるに
違いないから、何も心配する必要なんてないんだ。」
と、大真面目に考えていた私。
使われた麻酔は局部(硬膜外)麻酔でした。手術台に乗せられ、
補助スタッフと向き合うような姿勢で足をダラーンと垂らして座り。。
次に双方の両肩を手で支え合い、私は顎を引いて背中を海老の様に
丸めました。そして、背中を消毒後 麻酔医の「は〜い、針刺すよ〜
ちょっと痛いけど、動かないでね〜。動くとやり直しになるからね〜。」

NO. 3-4
DATE 6月10日(火)
という掛け声の後に針がブスリ。。。これ、マジに痛かったです。
麻酔を打った後はスタッフ数名の補助で台の上に仰向けに真っ直ぐ寝
ました。それとほぼ同時に手術着を着た旦那が手術室に入って来て
枕元に用意されていた椅子に座ったんですが、帝王切開の連絡を受け
て、かなり動揺しているのがよく判りました。
麻酔を打って数秒後に足が徐々に温かくなって、麻酔が効いて
きているのが解ったんですが、横になって直ぐに今度は麻酔科医が
スプレーを持ってきて、私のお腹に吹きかけて麻酔が確実に効いて
いるか、確認後にいよいよ手術開始。右隣に立っていた女性スタッフ
が、「大丈夫?気分悪くない?」「あと少しで終わるわよ。」etc.
始終気を使って色々と話しかけてくれました。
(実は、メスが入る前。。麻酔科医が効き具合を確認している最中に
突然、私の両腕が痙攣しだしたんです。何とか止めようと思ったんです
が、どうする事も出来ませんでした。某サイトで麻酔の影響で人によって
痙攣が起こり得る事を読んでいた私は「あ、この事ね。」と変に落ち着い

NO. 3-5
DATE 6月10日(火)
ていたんですが、痙攣しだした私を見て慌てたのは旦那です。スタッフ
から「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。別に珍しい事じゃないで
す。」と、言われていました。)
私はお腹にメスが入ったのは判らなかったんですが、まーちゃんを
出すのにお腹の中をいじられてる感覚はよく判りました。
手術が始まって10分くらい経った頃でしょうか。。突然身体がユサユサ
と凄い勢いで揺れ始めました。執刀医を含めたスタッフが総勢で
まーちゃんを引っ張り出すために、私の身体を揺らしていたんです。
暫くして、「ホゲェ〜」という感じの音(声?)がして。。その直後に
「オギャ〜!」という、まーちゃんの甲高い元気な産声が聞こえました。
カーテン越しに執刀医が 「おめでとう!」のお祝いと共に、まーちゃんを
見せてくれました。彼の元気に泣く姿を見た瞬間、場所を考えずに
感極まって私は大泣きしてしまいました。
(女性スタッフがコットンで涙を拭いてくれました)
体重3900g、午前1時39分 まーちゃん誕生!です。

NO. 4
DATE 6 ・10
〜おまけ〜
私が シアター(手術室)からリカバリー室に移されて数十分後、
旦那が 生まれたばかりのまーちゃんを連れて入って来ました。
彼の私に対する第一声は「頑張ったね。有難う。君は勇敢だよ。。」。
自然分娩で出産できなかった事について言ったら、「何を言ってるんだ。
母子共に無事な事が一番大事なんだよ。帝王切開だって立派な出産だ。
生み方なんてどうだっていいじゃないか。出産方法に優劣なんかない。
その傷は君が頑張った何よりの証拠&勲章なんだから。。
もっと胸をはって堂々として。。!」と、旦那からだけでなくドクター
からも叱られました。
その後、旦那は一旦帰宅し。。私&まーちゃんは スタッフに手伝って
貰いながら個室(病室)へ移動。午後から私の酸素マスク&尿道管が
外されて自由に動けるようになったので、部屋から数メートルの新生児
のための備品部屋まで痛みを堪えつつノロノロと歩いて行きました。
それを助産士に見つかり、「術後そうやって直ぐに歩いちゃダメ。

NO.4-2
DATE 6 ・ 10
傷口が開いたらどうするの!そういう事は、私達に言ってくれれば
私達がやったのに。。部屋に戻りなさい!!
術後。。しかも同日に貴女みたいに歩き回った産婦さんを見た事がないわ
。。。本当にもう。。」と呆れられたという。。。
だって。。スタッフの人達、皆とても忙しそうだったし。。。
だから、不足してる備品を取りに行くくらいの事は自分でやろう。
私一人のために、手を煩わせるのは申し訳ない。。そう思ったんです。
それにしても、切開した傷口。。半端じゃなく痛かったナ。。。
あれから早や2年以上の歳月が経とうとしています。あの痛みは今でも
ハッキリと覚えていますが、「そろそろ2人目が欲しいな。。」と、
思う今日この頃。。。

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